概要
ここでは、スポーツに伴う膝前十字靱帯損傷に対し、当院で施行しております再建術について、手術の概要を質問形式で説明します。
膝関節前十字靱帯(ACL)とは?
ACL(エーシーエル:英語のAnterior Cruciate Ligamentの頭文字)は膝関節のほぼ中心にあって、大腿骨(だいたいこつ:ふとももの骨)に対して脛骨(けいこつ:すねの骨)が前にずれないように押さえています。また、膝にひねりが加わった時にも、膝がずれないように支える役目があります(図1)。この靱帯の損傷は、急な方向転換やジャンプと着地を繰り返す競技で多発する傾向があり、最も多いのは女子のバスケットボール、男子のサッカーなどです。ACLが切れると、急な方向転換やジャンプの着地の時に膝ががくっとずれる、いわゆる「膝くずれ」が起きて、膝が頼りない感じになります。
治療にはどんな方法がありますか?
初めてけがをした場合には、靱帯損傷用のサポーター(ACL用の装具が必要です)を使って関節を保護しながら、松葉杖を使って生活してもらいます。通常は3〜4週間すると、痛みが引いて日常生活に戻れます。スポーツ復帰の必要がない人は、落ちた筋力を回復するトレーニングをしてゆきます。筋力低下のままスポーツに復帰すると、靱帯が失われた影響で膝くずれを起こすことがあります。何度も膝くずれを繰り返していると膝関節が痛んできて、痛みや腫れの原因となります。特に競技レベルのスポーツに復帰を希望する人は、まず手術をして靱帯を治してから復帰することをお勧めします。靱帯のみ痛んでいる患者さまのスポーツ復帰率は約8割ですが、半月板や関節軟骨がすでに傷んでいる患者さまの復帰率は約6割と低下します。
ACL用装具、サイズ測定
手術はどうしてもしなくてはいけないのでしょうか?
ACL損傷患者さんの中で手術がどうしても必要なのは、競技スポーツへの復帰を希望する方です。日常生活レベルへの復帰までであれば手術を必要とする人はごく一部です。競技スポーツへ復帰する必要のない方は、一度日常生活に復帰して下さい。もしも膝くずれや不安感などのために自分の希望する生活を維持できない場合(仕事が続けられない、趣味が楽しめない)には、靭帯再建術を行うことをお勧めします。
筋肉を鍛えれば手術せずにすみますか?
靱帯と筋肉は役割が違うので、筋肉を鍛えただけでは膝くずれを100%止めることは出来ません。ただし、怪我をしたために落ちた筋力を回復するトレーニングは非常に重要です。ACLが機能していても、筋力低下によって膝くずれを起こすことがあります。したがって、筋力強化は極めて大切ですが筋力だけで靱帯の機能を完全に補うことは出来ないということになります。
手術はどの様にするのでしょうか?
基本的に関節鏡という鉛筆の先くらいの細いものを使用して行います。膝の内側の腱(ハムストリング腱)、前面の腱(骨付き膝蓋腱)などを取って移植する方法がありますが、当院では主にハムストリング腱を使用しており、膝から少し下に4㎝程の小切開を行います。
手術模式図
再建靱帯は、人工靭帯を一部に使用し、関節内の部分は自分の腱を使い、骨の中や関節の外の部分には人工靱帯を使って、取る腱の長さが最小限で済むようにしています。当院では、損傷靱帯の状態によって、1本ないし2本の再建靱帯を通します。
左:正常 右:再建したACL
術後のリハビリはどう進めるのでしょうか?
入院中は、理学療法士と一緒に手術した膝のリハビリテーションを行います。また健側の筋力強化トレーニングも行います。術後6か月から1年でスポーツに復帰することを目標にリハビリをすすめて行きますが、その経過の目安は表1のようなものです。ただし表1に示したのはあくまでも目標で、筋力、可動域、腫れ、痛みなどの状態により、経過は個人個人で違ってきます。
リハビリテーションの進行表
左・中央:筋力測定装置 右:エルゴメーター
入院期間は何日でしょうか?
入院期間は最短4日(入院→手術→術後初日の歩行練習→退院)です。ACL損傷は比較的若い患者さまが多いため、当院では仕事・学校の事情を考慮して患者さまの希望に合わせて入院期間を決めてゆきます。特に早めの退院を希望されない場合は、抜糸をした後の退院となりますので約2週間の入院となります。
学校や仕事にはいつから戻れますか?
目標どおりにリハビリが進めば、術後2‐3週間で戻れます。日常生活への完全復帰は術後1カ月が目標になります。
スポーツへの復帰はいつ頃からできますか?(期待される効果)
競技種目や選手の能力によって変わりますが、部分的な復帰は6カ月、完全復帰は8から9カ月くらいを目標にアスレチックリハビリテーション(スポーツ復帰を目的としたリハビリ)を進めて行きます。手術で再建した靱帯は、手術終了時点では正常のACLよりも強く作ってありますが、移植された腱は術後経過中に少し弱くなってから再び強くなるという生物学的な成熟過程を経て完成されて行きます。一時的に弱くなる術後2〜4カ月の時期には、再建靱帯を保護しながら安全にトレーニングを進めないとゆるんだり切れたりする事故が起きます。ただがむしゃらに早くから動かせば早く復帰できるというものではありませんので、担当の医師や理学療法士の指示に従って、経過に応じたリハビリテーションを行うよう心がけて下さい。
手術の合併症にはどんなものがありますか?
以下のような合併症があげられます。
- 術後の疼痛
術後一時的な痛み、腫れ、しびれなどが出ますが、いずれも1週間以内に治まってきます。手術当日など、痛みがつらい場合にはそのつど対応致します。 - 術後知覚障害
靱帯を作るために取る腱の近くには細い神経が通っているので、手術によってこの神経が切れると、術後にすねの外側や傷の周りに感じない部分が出来ることがあります。末梢神経の障害なので徐々に回復してきますが、最終的に触覚がやや鈍ることがあります。 - 腱採取部の影響
膝を曲げる働きをする主な5つの筋肉(大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋、薄筋、腓腹筋)のうちの1つないし2つの筋肉(半腱様筋、薄筋)からその腱を採取して再建靱帯を作ります。取った腱は1年くらい経つと再生すると言われていますが、膝を深く曲げる筋力が少し低下する可能性があります。 - 深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)
お腹や下肢の手術をすると、下半身を動かさずに寝ていることが原因で、下肢の静脈の中に血栓という血の固まりが出来ることがあります(深部静脈血栓症といいます)。通常この血栓は自然に無くなりますが、まれにリハビリなどの動作中に血液の流れにのって肺に運ばれ、そこでつまって突然死する事があります(肺血栓塞栓症といいます)。ACL再建術で肺血栓塞栓症を起こすことは極めてまれです。術後より足を曲げ伸ばしをして、じっと動かないでいる時間をなるべく短くすることが大切な予防法となります。万一肺血栓塞栓症が生じた場合には、酸素を吸入したり、血液を固まりにくくする薬を投与したりして対処します。 - 細菌感染
手術した傷に細菌が感染すると、傷が化膿し関節に膿がたまることがあります。ACL再建術は内視鏡を使った小侵襲手術で、手術中も関節内を洗浄しながら行うため、感染を起こす率は1%以下と低リスクです。ただし一度感染が生じるとその後の治療が大変なため、抗生物質を用いて予防します。 - 術後出血
手術後の出血はありますが通常輸血を必要とするようなものではありません。 - その他
アレルギーなど予測できない合併症が起こることもあり得ますが、そのつど対応致します。
川崎市立川崎病院で手術を受ける場合の手順を教えて下さい
外来で担当医と相談し手術を受けることが決まったら、入院の申し込み手続きと術前検査(採血、検尿、胸部レントゲン撮影、心電図など)を行います。通常、入院は手術予定日の直前(前日か、まれに前々日)になります。内科的疾患(糖尿病、脳梗塞など)の持病を治療中の場合は、入院が早まる可能性があります。入院後に、麻酔科の先生の説明や、病棟のオリエンテーションなどを行います。
麻酔は全身麻酔ですか?
通常は全身麻酔と下半身麻酔を併用して行います。術後の痛みのコントロールのために硬膜外麻酔といって痛み止めの細い管を腰に留置しておくこともあります。当院では麻酔の方法から管理まで全て麻酔科に一任しております。入院後に麻酔科の先生の説明がありますのでご相談ください。
手術をすれば一生もちますか?
手術は、あくまでも靱帯の代用物を作るもので、正常な靱帯を再生するものではありません。手術をして元通りのスポーツレベルに復帰しても、またけがをしてACLを切ることもあります。膝の使い方によってはゆるむこともあります。また、手術の時点ですでに生じていた関節軟骨や半月板などの変化は不可逆的なもので、完全に元には戻せませんし年齢とともに少しずつ進行するのが普通です。しかしこれらの二次的な変化は、靱帯を再建することで最小限にとどめることが出来ます。
使った金具は抜くのでしょうか?
金具はチタン合金製で、一生入れておいても問題のないものです。原則的に金具の抜去手術はしていませんが、金具を入れた部分が痛む場合や、金属アレルギーが出た場合などには、術後1年以上経過すれば抜去可能です。ただし抜去手術にも短期間の入院が必要です。