腱板断裂は肩関節の痛み、腕が上がらない等の症状をきたす疾患で、中年以降の方に多く発生します。腱板断裂が発生すると、肩の力が弱くなったり、洋服の着脱が困難になったり、痛みのために眠れなくなったりすることがあります。
概要
腱板は肩関節を安定させ動かすために重要なものです。40歳頃からこの腱の老化が始まり、強度低下による断裂の危険性が高まります。仕事で重いものを持つ人、転落や交通事故で肩を打撲した人、転倒などの大きいけががきっかけで断裂する場合と、日常生活の動作の中で自然に断裂する場合もあります。 腱板はエックス線写真には写りません。MRI検査を行い腱板断裂がないか確認します。腱板断裂があってもすぐに手術をしているわけではありません。疼痛が強い場合には痛み止めや注射、理学療法により痛みを和らげます。断裂直後は肩をあげることができませんが、3ヶ月くらいすると徐々に挙がるようになります。これらの保存的治療法を数ヶ月行い、疼痛が十分にとれない、肩の機能の回復が不十分である場合に手術的治療法を行います。 断裂が小さければ多少の痛みはあっても肩の運動はできますが、断裂が大きくなると疼痛が強くなります。特に夜間の鈍痛が睡眠を妨げることが多く患者さんを悩ますところです。また肩を上げることができなくなり機能障害も大きくなります。壮年期の働き盛りのひとでは出来るだけ早く直し社会復帰する必要があります。
解剖
正常の肩
骨、肩甲骨、鎖骨の3つの骨から構成されています。肩関節はボール状の上腕骨頭と浅い受け皿状の関節窩から構成されています。
腱板は浅い不安定な関節を安定化させる役割を持っています。また、腱板は腕を挙げたり、捻ったりする運動を時に重要な働きをします。
腱板と骨の間には滑液包があります。滑液包は腕を動かす時に腱板がスムースに移動できるように助ける役割をはたします。腱板断裂では滑液包に炎症が生じ痛みの原因となることがあります。
4個の筋肉と腱板が肩関節の安定化に寄与しています
説明
多くの腱板断裂は棘上筋腱に発生します。その他の腱に断裂がある場合には症状が重篤なことが多く腕が上がらないことが多く見られます。多くの場合、腱板断裂は腱の小さいほつれから始まります。重いものを持つ時、転んだと際に腱が完全に引きちぎれ、完全断裂に発展します。
腱板断裂の分類
部分断裂
腱板の表側、あるいは裏側の一部に亀裂が入った状態で腱と上腕骨は連続しています。亀裂が貫通すると完全断裂に進展します。
全層断裂、完全断裂
腱板の表から裏側に達する断裂で、腱が上腕骨から離れた状態です。腱板に穴が開いたように見えます。
腱板断裂は上腕側の腱停止部で生じます。
原因
怪我により生じるもの、老化により生じるもの、2つの原因があります。
急性断裂
転んだ場合、重いものを持ち上げた場合に一気に腱板断裂が起きる可能性があります。肩鎖関節脱臼、肩関節脱臼などの怪我に伴って腱板断裂が発生することもあります。
変性断裂
多くの腱板断裂は長い時間をかけて擦り減った結果起きます。また、年齢とともに起きる腱板の老化も原因のひとつです。腱板断裂の多くは使用頻度が高い利き腕に発生します。また、一方の肩に腱板断裂がある場合には反対側の肩の腱板断裂が隠れている可能性があります。
変性断裂の原因
反復動作
野球、テニス、などの肩を使うスポーツにより腱板断裂の起きる可能性が増加します。また洗濯や物干し、布団の上げ下ろしなどの家事も原因となりえます。
循環障害
年齢とともに腱板に必要な血流が減少すると考えられており、栄養障害のため腱の老化を加速します。タバコも血流を阻害するため腱板断裂の危険性が高くなります。
骨のとげ
年齢とともに肩峰に骨の棘が大きくなります。腕を持ち上げたときに骨棘と腱板が衝突することを、インピンジメント現象と呼んでいます。 インピンジメント現象を繰り返していると腱板断裂の危険があり、場合によっては骨棘を切除することがあります。
危険因子
40歳以上の方では腱の老化現象、反復動作により腱の変性断裂の危険性が高くなります。
野球やテニス、重いものを持ち上げるスポーツを愛好している方は若くして腱板断裂を発生する危険があります。
症状
主な腱板断裂の症状は以下のとおりです。
- じっとしている時の肩の痛み、仰向けで寝ているときの肩の痛み
- 腕を挙げた時、降ろすときの肩の痛み
- 新聞を持つ、ドライヤーを使うときに肩がだるくなり降ろしたくなる
- 腕を挙げたとき、下ろすときに引っかかり感、音がする
急性断裂は転倒、重いものを持ち上げたときに、断裂音とともに激痛が走り、腕が持ち上がらなくなって発症することがあります。強い痛みは2,3週間続きますが、徐々が落ち着きます。
腱板断裂では腕を肩の高さに挙げたときに痛みが強くなります。
腱板断裂の時に感じる痛みの部位
腱板断裂の大きさはゆっくりと大きくなると考えられており、痛みや筋力低下が進行することがあります。腕を挙げたとき、降ろすときに疼痛が増強するのが特徴です。はじめのうちは軽い痛みがあっても、頭の上に腕を挙げるときのみ痛みがあるだけで、鎮痛剤の内服で痛みが和らぐことがあります。
腱板断裂が進行すると、じっとしていても痛みが強く感じるようになり、鎮痛剤を内服しても我慢できないようになります。痛みは寝ているときに強く睡眠障害を生じ、茶碗もスムースに持ち上げられなくなることがあります。
診察
問診
医師は肩関節の可動域を調べます。
問診のあと肩関節のチェックを行います。肩関節周囲に押さえていたいところ、形がおかしなところがないか調べます。そのあと肩関節の可動域、筋力をテストします。
腱板断裂に似た場所に痛みを生じる可能性がある頚椎のチェックも行います。
画像検査、レントゲンなど
診断をより確かなものにするため、検査を行います。
エックス線検査
単純レントゲンは基本的な検査です。エックス線では腱板を見ることはできませんが、肩峰に骨の棘、関節の隙間で狭くなっていることを認めることがあります。
MRI、超音波検査.
これらの検査は腱板の評価に有用です。腱板断裂の有無、大きさの確認をすることができます。 MRI は断裂の古さ、筋肉の萎縮、腱の性質に関する情報を与えてくれるので治療方法の決定にとても役立ちます。
治療
腱板断裂と診断されたあとに、肩の痛みや、力が入らないなどの症状が強くなった場合には断裂が大きくなっている可能性があります。肩の痛みが強くなっている場合、6ヶ月以上痛みが続いている場合には整形外科医の診察を受けるべきでしょう。
治療の目的は痛みがなくなること、肩の不自由がなくなることです。腱板断裂の治療法にはいくつかの方法があります。医師は患者さんの年齢、活動性、職業、断裂のサイズを考慮して治療法を決定します
多くの医師は、まず保存的治療を行った後に手術的治療を行うことを.推奨しています。
非手術的治療
腱板断裂の患者さんのうち50%の方は注射や飲み薬の治療により痛みが軽快します。しかし、筋力低下は手術的治療を行わないと改善しないといわれています。
非手術的治療は以下のとおり
安静
急性断裂では三角巾を使用し、肩関節をできるだけ動かさないようにします。
活動制限
肩を使うスポーツや重労働の中断を指示することがあります。
鎮痛剤の内服
ロキソニンやボルタレン、シップなどの痛み止めを使用します。
筋力訓練、理学療法
肩関節の動きを保つための運動や、筋力をつけるための運動を指示します。
ステロイド剤、ヒアルロン酸の注射
鎮痛剤の内服、理学療法で痛みが改善しない場合に注射を行います。
ステロイドの注射は炎症を抑えて痛みを改善します。
非手術療法の利点は以下のとおり
- 手術による感染を避ける
- 術後の関節拘縮を避ける
- 手術の際の麻酔に関係する合併症、副作用を避ける
非手術療法の欠点は以下のとおり
- 筋力は回復しません
- 断裂がゆっくり大きくなる
- スポーツや仕事を制限しなくてはいけないことがある
手術的治療
数ヶ月間、非手術的治療の効果が認められない場合には手術的治療を勧めます。痛みが強く、眠れない場合には手術を勧めることが多いです。
手術的治療を勧める場合は以下のとおり
- 6ヶ月以上、症状が続いている場合
- 腱板断裂が3cm以上の場合
- 筋力低下が著しく、日常生活に不便がある場合
- 転倒などの外傷による急性断裂の場合
手術では腱と上腕骨の結合部を修復します。手術方法は患者さんにより最適な方法を選択します。
腱板断裂修復術は腱板の断裂した端と上腕骨とのつなぎ目を作り直す手術です。しかし、腱板部分断裂の場合には断裂したフラップを切除する治療法を選択することがあります。
腱板断裂修復術を行うべき時期
鎮痛剤の内服、注射などの非手術的な治療で疼痛が改善しないときに手術的治療をお勧めします。疼痛が強い場合には一日も早く患者さんの苦痛を取り除くために手術を選択することが多くあります。腕を挙げる動作を必要とするスポーツや仕事に復帰を望む場合にも手術をお勧めします。
手術療法が必要と思われる兆候
- 症状が6ヶ月以上継続している場合
- 3cm以上の腱板断裂がある場合
- 明らかな筋力低下のためうでが使いにくい場合
- 外傷により生じた急性の断裂の場合
手術方法の選択
腱板断裂の多くは腱板と上腕骨の境界で発生します。
腱板断裂修復術にはいくつかの方法があります。技術の進歩により最近はより患者さんに負担の少ない手術方法が行われています。それぞれの手術方法には長所と欠点がありますが、いずれも腱板断裂の治癒を目指すものです。
手術方法の選択は、主治医の経験、慣れた方法, 断裂の大きさ、腱の性状により決定されます。
多くの腱板修復術は、修復部の安静のために約1週間の入院をしてもらっています。自宅の環境がよければ手術の翌日に退院することも可能です。力を必要とする家事、重労働は3ヶ月間控えてください。
腱板断裂の他に変形性関節症、骨の棘などが合併している場合には術中に骨棘の切除を同時に行うことがあります。
腱板修復術には主にオープン法、関節鏡法、ミニオープン法の3つがあります。いずれの方法の治療成績もおおむね良好で大きな差はないと言われています。
オープン法
オープン法は歴史のある方法で大きな断裂に選択されることが多くあります。三角筋を肩峰から切離することにより、直接的に良い視野で腱板断裂を確認できる特徴があります。
オープン法では肩峰の骨棘を切除する肩峰形成術を併用することが多くあります。オープン法は腱板断裂が大きいために、腱移行術、腱移植などを併用する場合には良い方法です。オープン法は長期的に行われている方法で安全性が確立した方法です。近年は、より患者さんの負担の少ない手術方法が開発されています。
関節鏡法
太さ4mmの関節鏡をいわれる内視鏡を関節内に入れて手術を行います。モニターに映った関節内の映像を見ながら小さい手術器具を用いて腱板の処置を行います。
関節鏡はとても小さいためにオープン法と比較すると、とても小さい傷で行うことができます。
関節鏡と小さい手術道具を挿入して腱板の処置を行います.
(左)正常の肩関節腱板所見 (中央)腱板断裂の関節鏡所見。腱と上腕骨の間に大きい穴が開いている。(右) 腱板断裂修復後の状態
ミニオープン法
ミニオープン法は比較的小さい切開で手術を行います。切開は通常3cmから5cmです。関節鏡を用いて、肩峰の棘を切除した後に、腱板を修復します。三角筋を肩峰から切離しないのがオープン法との違いです。関節鏡で関節内を良く観察できるのも長所です。
リハビリテーション
リハビリテーションは肩関節の機能を回復させるために重要な役割をはたします。肩関節の動きを良くするために筋肉をリラックスさせ、筋力訓練を行います。
装具固定
術後早期には、腱板の修復を待つために装具を用いて肩を固定します。 多くの場合4週間から6週間スリング固定を行います。固定期間は腱板断裂の重傷度により変更します。
スリングと呼ばれる肩固定装具。
他動運動
腱板修復術が行われても、完全に治ったわけではありません。医師が肩関節を動かしても安全であると判断した場合に運動を開始します。他動運動は、筋肉に力を入れずに行う運動でおじぎ運動といわれるものや、理学療法士が患者さんの腕をサポートしながら行う運動があります。多くの場合、他動運動は術後3日から7日の間に開始します。
自動運動
術後4週から6週になると自動運動を始めます。自動運動は筋肉に力をいれて行う運動です。はじめは、少ししか腕を挙げることができませんが、徐々に腕が上がるようになります。術後3ヶ月で肩の高さに腕が上がるのが目標です(挙上90度)。術後8週から12週では筋力増強訓練をおこないます。
回復には数ヶ月を要します。多くの場合、4ヶ月から6ヶ月で筋力や動きが十分に回復します。腱板修復部の回復は非常にゆっくりですので、根気よくリハビリを継続することが大切です。
結果
大多数の患者さんは筋力や痛みが改善します。
それぞれの手術方法の間で痛みや筋力の回復に大きな差はないと言われています。
手術の成績を悪くする要因は以下のとおり
- 腱の劣化が著しい場合
- 断裂のサイズが大きい場合(3cm以上)
- 患者さんが術後の安静指示を守れない場合
- 年齢が高い場合(70歳以上)
- タバコをすう場合
合併症
腱板断裂修復術の合併症はわずかです。一般の手術と同様に出血、麻酔に関連した合併症の他に腱板断裂修復術に特有の合併症は以下のとおり
- 神経損傷
肩関節を動かす神経の損傷。特に三角筋を動かす神経損傷 - 感染症
感染症の発生を予防するため手術中に抗生剤を投与します。 もし感染症が発生した場合には抗生剤の投与を延長し、創部の洗浄を行うことがあります。 - 三角筋の機能不全
オープン法では三角筋を肩峰から一旦切離します。手術の最後に骨に再度縫合しますが術後安静が保てないときに縫合部分が断裂することがあります。 - 拘縮
早期にリハビリを行うことにより関節が固くなることを予防します。拘縮の治療にはさらに熱心なリハビリを行い、注射などを行います。 - 再断裂.
再断裂はどのタイプの断裂にも起こりえます。 断裂のサイズが大きいほど再断裂の可能性が高くなります。再断裂を生じた患者さんでも強い痛みはなく、動きも手術前より改善していることが多くあります。